『硫黄島に死す』著者:城山三郎
休日の暇つぶしに読書でも、と思って引っ越し以来未開封の段ボール開けたら一番上がこいつ。その次が司馬遼の『殉死』。タイトルだけで一日の元気を使い果たしたので読まずに箱に戻す。
硫黄島上陸作戦は昭和20年初頭の頃。この時期になると戦況はかなり厳しい。枢軸側では大勝どころか引き分けも難しく、開始直後に零戦52
もとい。読むところを間違えました。
この時期は太平洋方面も戦争の趨勢は見えてきた状態で、あとは時間の問題。一時期はハワイ・オーストラリア・インドを望んだ大日本帝国も、特攻とか玉砕とかそんな感じで無条件降伏への道をローラースケートで駆け抜けていくことになる。第二次大戦モノの小説・評論なんかはそれこそ腐るほどあるんで全容を把握するのは不可能だと思われる。浅学ながらいままで眺めたものを考えると、それぞれ戦術戦略への反省点が異なっていて面白い。
例えば、航空機や船舶の開発方針に対してアレコレ言うのは完全に後知恵という奴で、俄かには首肯しかねる意見が多い(大和級戦艦の開発、4発の戦略爆撃機や大型エンジン搭載の局地戦闘機の不備、誉エンジンの不調問題など)。まぁダイムラーの水冷エンジンのライセンス料を陸海軍で別々に支払った件なんかは何を言われても言い返せない気がするが。良く目にするのは零戦後継機の開発失敗だが、これは大馬力エンジンの開発能力が無い時点で不可能である。そもそも栄エンジンもコピー、改良品だし。
ゼロ戦神話はもはや定説というかなんというか、宗教的なものを感じる。そもそも生き残りパイロット自身が格闘戦を否定し、高空からのダイブで強襲するのが安全かつ効果的、と多方面で証言しているのだが…。最初期における中国方面での戦闘を除き、米海軍機との戦闘はそのほとんどが単純に『数が多い方が』勝っている。戦記でザコ扱いされるF4F相手ですらそうだ。
作戦上の突っ込みなんかも後知恵ばかり。ミッドウェーの兵装交換、レイテでの反転なんかはいずれもしかるべき理由があってやったことで、裏目に出たからといって批判したり、その点だけひっくり返してIFネタにしても無意味というか…思考実験としては面白いし、話も良ければ読むんだけど(佐藤大輔とかまだ書いてるのかと)、解説文が明後日の方を向いていたりして気が萎える。
あさっての方向といえばマスコミ報道・ドラマなんかもそうか。『軍部がアホだったので、多くの若者が特攻させられました。』硬派ニュース番組もワイドショーのレベルに堕す。これじゃ『ベンチがアホやから、選手は野球がでけへん』という某名言と変わらん。昭和20年3月あたりの状況、60年前の国際社会をもうちょっと考え(中略)語り出すと日が昇るのでこの辺にしておく。もう一度書くが、実際に竹やりで抗戦出来るかどうかは問題では無いのだ。
そんなわけで、サイパン~硫黄島~沖縄戦あたりの戦いと特攻は無理無茶無駄ではなく、絶望的な状況下で国体護持の為に取れるほとんど唯一の策だ。『降伏しても大丈夫かもしれない』なんて希望的観測で決断を下す政治家は居ない。特攻に関して人道的に云々するのと、それを現実に作戦として立案実行するのは全く次元の異なる話。あくまでも味方を有効に殺す為の選択肢のひとつとして選ばれたに過ぎない。結果は、米軍の本土上陸作戦のタイムテーブルを大きく狂わせ、日本は今日も独立を維持している。あ~硫黄島に五式中戦車が大量投入されていればさらに大きく…沖縄上陸作戦の代わりに東京原爆投下が行われたかな。その後はもちろん米英仏独 vs ソ連の大激戦だ。西側陣営は手持ち戦闘機部隊をジェット化して臨もう。'46年初春、雪煙を衝いて現れたのは、トルーマンの援助によって再生産されたティーガーII部隊!それを迎え撃つはスターリンの大号令の下、大増産されたJS-3とT-34/75の大部隊!最強MBTの座を決めるべく、約束の地プロホロフカで、第五次ハリコフ攻防戦の幕が上がる…
すいません、また読むところを間違えました。しっかし、インパール作戦は弁護しようもないな。
コメント (2)
歴史の専門家なんですね。
びっくりしました。すごい。
投稿者: きし | 2006年09月13日 23:23
日時: 2006年09月13日 23:23
こんなチラシ裏の落書きにそんなふうに書かれると恐縮です。ちょっと自粛します。
本当は『みんなみんな、それぞれの立場で自分なりに最善と思われる選択で頑張ったんだよ。価値観の違いで非難したり、後知恵で非難したり、過去の事実を善悪で語るのは不毛だよ』てなことを書きたかったハズなんだが。
飲む前に書く。今日はもう手遅れだけど。
投稿者: かっち | 2006年09月14日 01:20
日時: 2006年09月14日 01:20