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骨董PCを使い続ける言い訳

 現在手元にあるPCはPentium3-S、1.4GHz。マザーボードも含め、もう5年程前の骨董品である。おそらくこのblogを表示している大多数のPCはうちのより高速で、また高価であると思う。思えば初めてパーツを掻き集めてPCをでっち上げて以来、一瞬Athlon(SlotA)を使った以外はP6系のCPUばかり使っている。Pentium4出たての頃はNetBurst系はあまりにも遅かった。高クロック化によって真価を発揮しても発熱が大きく何より3Dゲームをやらないので必要ない。CPUが多少速くなるより、HDDやメモリ、そしてネット回線を高速化する方が遥かに威力が高い。既に速いところをより速くするより、現状のボトルネックを解消することが重要である。

 この7~8年で、PC環境の変化のなかで最も印象的なのはCPUでもグラフィックでもなく、ネットワークの高速化だ。といってもダイヤルアップやISDNの時代に大学では98年当時で100KB/s(1Mbps)以上は軽く出ていたので、自宅にブロードバンドを入れたのは大分後(2001年頃だったか)になってからとなる。自宅のネット環境はダイヤルアップ>ISDN(>フレッツISDN)>広域無線LAN>ADSL>光ファイバと変遷してきた。

 俺のPC暦としては有史以前となるが、実家に居る頃はこのようなつましいマシンで28.8kbpsの内蔵モデムでピーヒャララとNiftyServeに繋いでいた。その後Netscapeでインターネットにも繋がるようになり、その後プレイステーションで発売されるファイナルファンタジー7のオープニングムービーをQuickTimeで鑑賞した。確か160*120くらいの小さい動画だったが、そこには確かに『来るべき未来』があったと思う。当時の漢字Talk7.5(System7.5の英語版)は不安定だったが、後年さわったOS8系統よりは幾分マシか?関係無いがこの頃のMacintoshのデザインはシンプルで一貫した哲学を感じる。うちにあったStyleWriterIIや、一連のLCシリーズ、ハイエンド機のQuadroなんかにはある種オーラが漂っていた。当時のappleはNEXTSTepやBeOS等、次世代のOSに非常に意欲的だった。御用雑誌にはCopland、Rhapsodyなど次々と美辞麗句が並んだが、それも今となっては夢の跡。延期を続けたAppleが真にプリエンプティブなマルチタスクOSを完成するのは今世紀に入ってからとなる。

 脱線した。その後MMX Pentium133MHzのノート機を経てCeleron300Aの自作機へ移行するが、それ以降現在に至るまでCPUの速度に不満を感じることはあまりない。Celeronが500MHz以上で動いていたというのもあるが、Webブラウズとワープロ・表計算ではそれ以上のパワーは不要である。ただ、OSの進化に関連してメモリは増やす必要がある。現行機では512MBだが、これは単にi815EPチップセットの限界だ。ベースクロックを133>164MHzにオーバークロックするとCPU速度は1.72GHz、メモリのアクセスタイミングを微調整することでこれくらいには速くなる。PCIバスも33>40MHzとなり周辺部も速く、HDDが新しければ体感では最近のPentiumMノート機と大差ない。ここ5~6年はそれ以前と比べて進化が遅かったということか。

 骨董機というのはなかなか使い勝手の良いもので、OSを入れ替えてもほぼ全てのデバイスがWindowsXP以前のものなので、大抵のデバイスドライバは既に入っている。最新鋭のギガビットイーサといえども緊急時の再インストールで使えなければ意味が無い。DVDの再生も書き込みも問題ない。ちなみにDVDの再生自体はCPUが1GHz未満でも十分可能で、過去にはCeleron466MHzのDVD機があった。Web上に転がっているレポートを読む限りだと、K6-2にPCIバスのグラフィック、ISAバス(死語か)のサウンドカードでも再生可能なようだ。

 さて、現代パソコンの一里塚とも言えるDVD再生ができるとPC高速化に資金を投ずる理由が無い。あえていうとハイビジョン画質の動画再生に難があるが、そんな画質の動画はフレッツスクウェアくらいでしか見たことが無い。とすると故障しない限り使えるということか。HDDは消耗品なので1年ごとに買い換えても大した投資ではないし、現状ではメモリ不足くらいか。チップセットをVIAに変えると安いDDRメモリも使えるが風水的には大凶である。やはり現状でしばらく凌ぎ、Core2Duoの廉価版にでも乗り換えるのが吉か。intelが10年持つと豪語したSlot1はSocket7より早く3年程で寿命となり、満を持して登場したNetBurstアーキテクチャもその限界を露呈し、2003年頃からノート機ではP6の発展系に先祖帰りした。新技術といえどもメーカーの大本営発表や御用雑誌は鵜呑みにせず、無垢澄明な視点で捉えるのが肝要か。

 え、Core2Soloって無いんですか?

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2006年09月02日 23:04に投稿されたエントリーのページです。

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