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2006年09月 アーカイブ

2006年09月01日

電流出力アンプ

 懸案のオウルテックSP277Tの変造。バラして臓物引きずり出して放置プレイだったのだが暇つぶしに取り掛かる。

 パッと見はボリュームとトーンコントロールがあるくらいで極めて単純なIC一個の回路なのだが、品番を打ってもデータシートが見つからない。というか同名の(?)データシートが引っかかるのだが、全然関係ないようだ。Transient Voltage Supressorってなんだそりゃ。どうも過渡電圧をどうこうするもののようだが明らかに無関係なのでパス。

 しょうがないので自力で解析する…といってもICの足から回路を追っていって適当に当たりをつけるだけなので楽勝である。足は12本もあるが要は電源と入力と出力だ。出力が2つあったり(一方は小容量のC経由して合流、bootstrapか)帰還抵抗がGNDに落ちる前にコンデンサがあったり(配線が見づらい)色々混乱したがおおむね判明した。

 この手のアンプICのお約束として出力側から入力に戻る帰還回路の抵抗が一個しか見当たらない(もうひとつは内蔵であろう)ので、現状での増幅率は不明だが関係無いので無視する。この回路に著作権があるかどうかは知らないが、帰還抵抗は1.5kオームで電源部分は10.5V/1Aの1電源回路のようだ。

 回路このままで抵抗比の変更のみでゲインを上げても大丈夫そうなので、オウルテックの小型スピーカーのラインナップは全部同じなのではないか。実際、混雑している基板上も注意深く観察すると空きパターンも散見される。

 さて変造だが、帰還抵抗とGNDの間にコンデンサがあるので帰還抵抗と入れ替える。そしてスピーカーのマイナス側の線を切り離し、帰還抵抗のホット側に接続する。これでスピーカーそのものが帰還ループに入ることになる。そして帰還抵抗の値を0.3~1オームくらいにする。やることはざっとこれだけである。

 増幅比を決める抵抗は聴感上も影響がありそうなので選定が難しそうだが、そもそもそんな抵抗の手持ちがあるはずもない。手元の配線の被覆をバラしてその中の一本を抵抗として使う。20cmくらい使ったが、もう少し短くても良いようだ。電線というのは驚くほど抵抗が大きいものである。

 さて、とりあえず配線をすませたところで動作確認である。…が、やはりというか何と言うか、左右を間違えて音が鳴らなかった。こんな適当でも壊れないICアンプは便利である。ディスクリート構成の普通のアンプなら速攻で涅槃であろう。帰還回路付近は配線がややこしいので出力側を入れ替えて対応する。と、無事に音がなるではないか。まぁ当然なのだが。

 早速インプレと行きたいところではあるが、ハコも開けたままだしセッティングどころではないので今日はここまで。適当にネジ止めすればいいんだけど、ここまでやったからには電源もアンプも別箱にしたいし、ホットボンドで適当にくっつけただけのハコに吸音材を追加せねばならん。明日ホームセンタに買出しに行こう。

燃費

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 マイカーはホンダのトゥデイという軽自動車である。そろそろ13年落ち、そろそろ13万キロ走行で旧車に片足突っ込んだ状態ではあるが、不思議と大きな故障は無い。エンジンはきわめて丈夫で燃費も良い。壊れないので捨てるに捨てられず結局2年以上乗っている。

 さて、ガソリンが暴騰し、用品店には燃費改善グッズと称する詐欺商品が乱舞している昨今、こうした旧車の経済性を調査する必要に鑑み、エコランによる燃費計測を実施することにした。実情は休日にやることが無くドライブに出ただけであるが。

 やるからには究極のエコランを目指したい。とするとスペアタイヤを降ろし、後部座席背もたれを降ろし、助手席を降ろし、バッテリーをバイク用に換装し、カーペットとアンダーコートを全て剥ぎ取り、エアコンはもちろん外すのが望ましい。しかしそういう汚れた大人のやり方はレギュレーション違反の謗りを免れぬ。というか普通はそんな技術も工具もやる気も無いだろう。俺もやる気無い。

 というわけで街乗り仕様でそのまま出発することにする。ここまで書いて気づいたが、現状俺の車はパワステを外していたりタイヤサイズが135/80R12だったり(純正指定は155/70R12)タイヤ空気圧がむやみに高かったりする。この時点で既に汚い大人のやり方のような気がせんでもないが完全趣味モードなので文句は言わせない(某所から文章パクったが)

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 まずは給油ということで、北区某所のセルフJOMOで給油する。そしてデジカメで撮影。時刻は11時半。しばらく走ると雨が…この時点で既にやる気無しモードに。気温が低く窓を閉めて走れるのは良いが、ウェット路面では走行抵抗が上がるではないか。さすがに田舎道は空いているが景色も見えず鬱である。といってピーカン晴れだと目が疲れるし暑いので曇りがベストか。なかなか難しいものだ。

(中略)

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 目的地到着。やたら寒いと思ったら電光掲示板に20度とか書いてあるのを見る。17時半くらい。さて帰るか。

(中略)

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 最初のスタンドに戻ってきた。23時半くらい。690km走って25L給油。今回の燃費は27.6km/Lか。カタログ値によるとトゥデイの燃費は10・15モード走行で22.0、60km/h定地走行で30.2とのこと。ほとんど雨天で走行抵抗が高かったこと、早い時間からワイパー&ヘッドライト点灯によりオルタ負荷がかかっていたこと等を考慮に入れると上出来であろう。

 移動中の写真等はぼちぼち上げてくとす。

補遺

>電流出力アンプ
 簡単といっても俺にとっては大昔に習って以来だ。オペアンプの基本的なオハナシは
http://robotics.me.es.osaka-u.ac.jp/~masutani/Opamp/main.html
に解説があるのでその手の話が好きな向きは参照されたし。変造に関するネタ元は
http://tomoya.com/
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/4999/index.html
この辺が詳しい。この変造によりダンピングファクタが云々という議論があるが、意味不明である。そんなもの考慮するくらいなら、初めからまともな予算でオーディオセットを用意すれば良い。

>ドライブ
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 毎度思うことだが、羽幌線の遺構が印象的だった。留萌駅の今は使われていない広大な敷地といい、北海道の旅は鉄分の含有量が多くなりがち。そういえば函館に行った時も恵山方面の戸井線の遺構が記憶に残る。このように鉄分といっても廃線、未成線、炭鉱、赤字、第二次大戦、強制労働、といった単語が連想され、思わず胸がときめくのを感じる。
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 焼尻、天売、利尻等はまったく見えず残念。宗谷と襟裳は日帰り射程内である。道北エリア特にサロベツ原野のあたりは日本離れした景色で、思わずゼロヨンを始めたくなる。
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歴史の読み方 その1

 祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響き有り…そんなことばを連想させる、ローマ帝国興亡史。都市国家時代から議会制半民主主義、そして帝政、東西分裂と続く流れは世界史の中でもロマン溢れる題材である。塩野七生『ローマ人の物語』も歴史好きには面白い、らしい。未読。

 そのローマ共和国、1世紀初めはカエサル、アウグストゥスの後を継いだティベリウスの治世から始まる。エジプト、黒海沿岸、ゲルマニア、大西洋岸までも版図に入れたローマ帝国の何度かの全盛期の一つだ。キリスト云う所のカエサルのものはカエサルに、のカエサルは所謂ユリウス・カエサルではなくティベリウスを指していることになる。もっと言ってしまうと、ローマ皇帝を名乗ると自動的に神君カエサルもしくは初代皇帝アウグストゥスの名を冠するので、ここでいうカエサルというのはそのまま皇帝の謂いであろう。

 脱線した。その、西暦が始まったばかりの頃のことである。中東に既存宗教系原理主義的な武装団体があり、少数派だが極めて過激な行動で知られていた。主な構成員は無学な若者であり、薬物乱用や性的乱交でメンバーを勧誘していたようだ。この集団の破壊や収奪といった活動は今に残る記録にも(きわめて曖昧な記述ではあるが)みることができる。彼らの宗教的秘蹟を称するものはもっぱら大麻などの薬物によるもので、幹部たちによるそれらの秘儀もいくつかの文献に残されている。

 当時のローマ皇帝ティベリウスは、アウグストゥスのゲルマニア遠征による国庫の疲弊に緊縮財政で対応していた。そのおかげで民衆・元老院双方の人気を失い、死ぬまで別荘に篭って書簡による指示のみで政治を行った。皇帝としてはそれなりに有能だったようだが、さすがに首都不在では代理人による専横を許してしまうことになる。それが目に余ると代理人と代理人派と目される元老院議員を次々と処刑する恐怖政治を行うことになる。

 教団は未だ社会に与える影響も微弱で、取締りもさほど真剣ではなかったため順調に勢力を拡大していたが、最終的恐怖政治の余波を受け、警備団によって摘発されることになる。このあたりのくだりは内通者の存在、構成員による激しい抵抗などがありなかなか面白い。漸く掃討部隊が送られる段階に至って、惰弱な指導者は当局との取り引きによりあっさりと投降する。しかしコミューン内部での指導者の影響力(カリスマ性というところか)を重要視した当局の陰謀によりあっさり死刑となってケリとなる。

歴史の読み方 その2

 指導者の末路に不安を覚えた幹部たちは、教団の過激な面を無くし、指導者の復活というデマを流布することで友好・平和な宗教として存続を目指すことにした。依然土俗の多神教が優勢で弾圧される時期が続いたが、はるかな後年、4世紀に至ってようやくローマ至上初のキリスト教皇帝・コンスタンティヌス大帝の時代になって公認されることになる。大帝の死後、東西分裂の混乱の中でユリアヌス帝によって弾圧されるが、それ以降はローマの正教として君臨することになる。この辺は辻邦生『背教者ユリアヌス』に詳しい。もちろん未読。

 そのキリスト教と二人三脚のローマ帝国は、その後東西分裂、地方帝国の勃興、イスラムの嵐の前に衰退し、十字軍の頃の東ローマ帝国・ビザンツには往年の力はもはや失われていた。それでも教皇の権威により東西のバランサーとしてさらに数百年を閲するが、15世紀に入ってオスマン帝国メフメット2世によりついにコンスタンティノープルは陥落する…

 歴史と宗教は切っても切れない関係にある。ヨーロッパ全土に覇を唱えたローマ帝国は近隣地方の土俗宗教・神話・哲学に至るまでを吸収した。なんでも世界一売れた本は聖書だそうだが、各地方の同人誌の合作本だから当然とも言える。当初は素朴だった教義も、ギリシャ哲学の論理的思考を修め始めてからは永きにわたる神学論争によって複雑怪奇な学者向け宗教へと変貌し、欧州全土に浸透する。これらの要素のそれぞれを哲学、歴史、宗教として扱うこともできるが、歴史を『楽しむ』視点としてはまとめて考える方が宜しい。縦糸と横糸が複雑な紋様を織り上げるように、多くの事象を同一の時間軸に並べることで、見えてくる世界があると思う。

 俺にしてはまともな結論だ。しかし洗濯物を干すのを忘れていた。

維新史雑感

 以前函館に行ったとき、観光として五稜郭にも訪れた。星型の堀と土塁で形作られた優美な城。もとへ。要塞である。その形と規模の由来については火器の発達と密接に関係しているが本稿には無関係なので割愛する。興味のある向きはwikipedia等を渉猟してみると良かろう。

 五稜郭が歴史の表舞台に登場するのは僅かな時期だ。戊辰戦争の最終期、箱館戦争のおりで、それ以降大した出番も無いため、歴史モノとしての観光資料は戊辰ネタにほぼ終始している。それだけに展示物やパネルの解説文は微に入り細を穿つ…という程でもないが、時系列ごとの戦況の変化や無名な人物の解説に至るまで、そこそこ充実していると感じた。

 中でも力が入っているのは新撰組関連で、これは副長土方歳三はじめ新撰組残党が旧幕軍に居たことによる。NHK大河ドラマの影響からか歳三の胸像まで用意する力の入れようには思わず失笑してしまうほどである。新撰組ならその活躍の場である京都や、故郷である多摩あたりがふさわしいのではないか。死に場所というだけで殆ど縁もゆかりも無い地域で盛り上げるのはどうかと思う…

 と、ちょっと複雑骨折した印象もあったがいくら何でも言いすぎか。榎本武揚や大鳥圭介、松平太郎といった幹部連中を考えてみても土方歳三に人気が集まるのも無理は無い。歳三以外は全員降伏後に生き残っているし、榎本や大鳥などは明治政府の顕官を歴任している。福沢諭吉だったか(?)、この件で榎本武揚を痛烈に批判していたが、旧幕時代末期の洋学官僚としての榎本の来歴を考えればやや筋違いか。

 また脱線した。現代の新撰組人気の源流は意外と浅く、司馬遼なんかの作家が新撰組を含め幕末モノの作品を著してから、のようだ。それ以前については寡聞にして知らないが、戦前~戦後の鞍馬天狗では敵役でしかないし、その程度のものか。あ、鞍馬天狗といっても牛若丸とかは出てこないので念の為。出てくるのは嵐寛寿郎である。

 箱館戦争後は新政府の手前、おおやけに新撰組の擁護もできず、わずかに松本良順(松本順)が旧隊士の供養塔を建てたりする程度だ。明治政府自体が薩長の藩閥であり、それは大東亞戦争の終末まで続く。その間は新撰組といえば建国の英雄を多数暗殺した旧勢力の武装集団であり、往時を知る者もその子も全て世を去る頃になってようやく異なる評価が可能になる。

 最後の将軍、15代徳川慶喜は維新後隠棲し、そのまま30年間出仕せず、世間との関わりも徹底して避けた。それは彼の水戸史観的な『後世の評価』への畏れがそうさせたのだと思うが、歴史の成熟に時間がかかることを知っていたという点で非凡であると思う。

 まぁそのあれだ、素人はコーエーの『維新の嵐』でもやってなさいってこった。大隈重信で福沢諭吉に斬りかかって、史上初の早慶戦を行うのもまた一興。

スピーカー値踏みのコツ

 オーディオ趣味という分野が結晶化して久しい。雑誌も専門化し、AV系も含めたHiViやステサン等の舶来趣味の高級紙か、廃人仕様の電子工作系雑誌に2極化されている。

 いきなり脱線して申し訳ないがCQ出版のWebを渉猟していたらInterface誌のコラム『移り気な情報工学』を発見。
http://www.cqpub.co.jp/interface/column/Utsurigi/2006/52.htm
まだやっていたとは…ネタも新鮮だし。山本(強)先生恐るべしである。専門が情報工学の割にアナログ電子回路の講義を受け持ったりする愉快な教授であった。先日の日記に書いたオペアンプ帰還回路の変造ネタを相談したこともあったっけか…んが、割と否定的な見解をいただいたような記憶があります。

 復線。スピーカーの性能を定量的に計るのはなかなか難しいが、f特や過渡応答である程度の素性を知ることができる。コーンの分割振動やら位相特性やらまぁ言い出すとキリが無いと思うが、そもそも俺のような一介の素人では計測不能なのでパスする。

 素人でも行える値踏みのコツとしては、まず持ってみて重さを見る。自動車のドアスピーカーなどの場合、純正安物ユニットとリプレース用の社外品とでは重さが倍近く違う場合があり、マグネットで大差が付いている。

 それとハコの重さだが、アンプ内蔵PCスピーカでは見た目は木目調(どうせMDF材にパネル貼り付けだろうが)でも中に吸音材がほとんど…全く入っていないのが殆どである。というか過去にPC用小型スピーカでハコの中にきちんと吸音材が仕込まれているのを見たことが無い。とするとハコ鳴りを防ぐのはただただそれ自体の質量と内部損失に頼るのみだ。安物MDF材はこの点優秀そう。何しろ木クズを接着剤で固めたものだ。木クズだとコストがかかるから接着剤でカサ増し…いや、深読みはやめよう(某解体師のネタ拝借)

 ハコの形ももちろん重要だ。多くのスピーカーではバスレフもしくはそれに準じた設計になっており、要は穴が開いている。スピーカーユニット背面からの放射音を回折させ、低音を穴から出すのがバスレフの原理で、ユニット自体の固有振動周波数以下でパワーの入らない低音も補完できる。

 バスレフポートの設計はヘルムホルツの共鳴器にも例えられるが、狙った周波数できちんと位相を揃えて出すような設計はなかなかタイトなようだ。以下を参照のこと。
http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/MyRoom/helmholtz.htm

 しかし実際、中型~小型アクティブスピーカーのほとんどはそうなっていない。具体的には、ユニット径に対してバスレフ穴が大きすぎるのである。これだと音は一見賑やかに鳴るが(そりゃそうだ、スピーカーユニット背面からの音が盛大に回り込んでくる)、位相も周波数特性もめちゃくちゃになる。まぁ限られたコストと小さいサイズで低音を搾り出すにはそれしか無いのだが…まともな低音を得るには大口径スピーカを余裕のある出力のアンプからある程度の音量で鳴らすしか無い。もしくはサブウーファーに頼るか。

 オーディオなんて結局は好みの問題だとは思うが、わかる範囲であれこれ思い悩むのもまた楽しいものである。そんな俺のスピーカーは密閉型、12cm1発のAURATONE。もう4年以上使ってるのかな。単純かつ要所を押さえたスピーカーが飽きが来なくて宜しい。紙数も尽きたのでこの辺で。

 蛇足だが、オーラトーンの画像を探そうと入手元のショップのWebを眺めていたらこんなものが出ていて仰天した↓
http://allabout.co.jp/entertainment/dtm/closeup/CU20051012A/index.htm
こういうのをノスタルジイと呼ぶのだろう。

多気筒エンジンの傾向と対策

 友人が直列6気筒エンジンの車を買った。さすがに直6は滑らかに回る、とか考えていたが、ハタと気が付いた。そういえば現行の車種で直6の車種が無い。調べてみたが国内では無し、海外でもほぼ全てが直4かV6に以降している。見つけた範囲ではBMWくらいか。

 一般的な4ストロークエンジンではクランク2回転で180度ごとに吸入>圧縮>爆発>排気の4工程をこなす。爆発間隔は720度だ。次に、これを2気筒にすることを考える。直列に並んだ二つの気筒が交互に上下…はしない。720度=2回転ごとに1爆発なので、等間隔で爆発させることを考えると720/2=360度、つまり二つの気筒は同じタイミングで上下する。直列4気筒はこれの発展である。両端に1気筒づつ追加し、内側の2気筒と外側の2気筒がそれぞれ同じ動きをする。爆発間隔は1-3-4-2もしくは1-2-4-3となる。つまり4工程を180度ごとに分けるわけだ。180度なのでクランクシャフトは平面上になる(クランクピンが同一平面状に並ぶ)。

 一見、素人目には釣り合っているように見える4気筒だが、実際には全体の慣性力が不均衡で上下方向の加振力が生まれて振動する。クランクシャフトのクランクピンの部分はクランク中心からオフセットしており、コンロッドを介してピストンを上下させている。クランクが上死点0度から90度に回転した時点でコンロッドは傾いており、この時点でピストンは有効ストロークの半分以上下がっている。つまり、ピストン上下のスピードはクランクの回転に対して対称ではない。従って、慣性力は角速度で一意に表せないことになり、フーリエ級数展開すると2次以降の成分が存在することになる。多気筒エンジンの場合、1次成分はバランスさせるが、主に倍次成分の不均衡が問題で振動が起こる。

 では3気筒ならどうか。720/3=240度ということで、各気筒のクランクピンは120度づつずれた配置となる。ここで大きな問題となるのが慣性偶力(単語違うかも)だ。クランクシャフト、コンロッド、ピストンを含めた系の重心は2番シリンダ付近にくるが、そうすると重心に対して近い2番シリンダよりも、そこから遠い1番3番の方が慣性力を強く発揮できる。この不均衡により、クランクの回転ごとに前後に倒れこむような回転モーメントがかかってしまう。振動は1次成分からバランスしていないので、結構大きな振動となる。これに該当するのは3気筒のほかに(あまり見かけないが)直列5気筒、それに3気筒を2つ束ねたV型6気筒。つまり気筒数が奇数だと問題になりやすい。

 コンロッドによる振動。そもそものマスが小さいし、カウンターウェイトで打ち消したり、影響は少ない部分だが、一応回転ごとに左右に振れるので振動の原因となる。この左右の振れはクランクの回転と完全に同期するので、平面クランクの直4、直8、直4を二つ束ねたV8では問題にならない(打ち消しあう)。120度の直3、直6、144度の直5、などではそれぞれ3次、5次の振動が発生する、らしい。60度バンクのV6の場合、クランクピンを共有する向かい合う気筒で、互いに打ち消しあうので振動は発生しない。

 水平対向について。たまにバンク角180度のV型と勘違いする人もいるが、向かい合った気筒でクランクピンを共有するV型と違い、水平対向は向かい合った気筒で180度ずれたクランクピンを持つ。動作は対向するピストンが向かい合ったり離れたりするのでこの時点で慣性力は釣り合っている。水平対向6気筒は先述の慣性偶力の影響もすくなく、ヘッドが両端についているので動弁系に由来する振動も少ない。吸気ポートの設計自由度が高いうえに低重心、クランクの全長も短くできると、理論的には極めて優れた設計である。

 スバノレ儲 とか言われるのは癪に障るのでネガも書いておくと、まずV型と違ってクランクピンが気筒数分必要で直列の半分のクランク長しかないので、クランク強度とその加工精度が大きな問題となる。エンジンは短く低重心だが左右に広いので、エンジンルームのかなり前方でないと配置しづらく、ヨー慣性モーメントが大きくなりがち。離れたヘッドから排気管を取り回すので等長配管にしづらい。クルマに使うには4駆にするしか使い道の無いエンジンだと思う。4駆にするとエンジン>ミッション>フロントデフ>センターデフ と左右対称、一直線に並ぶので理想的なレイアウトである。世の中横置き6気筒だとか縦置きミッドシップだとか、そういう変態的なレイアウトのクルマもたまに見かけるが。

 そんなわけでいいかげんまとめに入ると、2と3の倍数である直列6気筒エンジンは振動が少ない。コンロッドやバルブの振動は不利だけど、影響の少ない部分だし。現在ほとんど姿を消しているのは、ひとつには防音や振動対策が進んで高級車でもV6で良くなったこと。さらに、直6は全長が長く幅が細く背が高い。ボンネットに収める都合上、立方体に近い形状のV6の方が衝突安全性にも優れているし、全長が短いので4駆にするにも駆動系の配置が楽。ターボ化でも、V6なら片バンクごとに1つづつタービンを置いてツインターボにすると左右対称で場所も取らない。直6は回転バランスには優れるが高回転に強いわけではなく、クランクの捻れ剛性の問題で高回転化には限界がある。それでも、”シルキー6”を旗印に直6最後の砦をなったBMWにはエールを送りたい。

 追記。直6は慣性偶力も2次振動も打ち消せる。 爆発間隔は1-5-3-6-2-4  ピストンの上下速度非均等による振動だが、ものの本によると、 クランク半径(ストロークの半分) r、コンロッド長さ l、 ストローク中央を原点とするピストンの位置 x とする。 ρ = r/l と定義すると、一般に 1/3 < ρ < 1/5 であり、

x = r cosθ + l sqrt(1 - ρ sin^2θ),

となる。これを展開して、ρの 5 次の項まで書くと、
x/r = cosθ
+ [ρ/4 + (ρ^3)/16 + (ρ^5)/512] cos 2θ
- [(ρ^3)/64 + + 3(ρ^5)/256] cos 4θ
+ [(ρ^5)/512] cos 6θ,

となる。次数が高くなると無視できるような数値だ。 うろ覚えなんでどっか間違っているかも知れんが。


 ま、3気筒656ccの俺には関係ない話ですがね。

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21世紀はアフリカの時代、か

 アフリカについてアレコレ調べようとしてもどうも日本語のソースが乏しい。欧州のニュースサイトのようなところばかりヒットするのだが、欧文など読めぬので機械翻訳に頼る、が、やはりむつかしい。欧州でアフリカへの注目度が高いのはある意味当然で、彼らは近年までそこに領土を持っていたからだ。現在でも宗主国として影響力を持っている地域も多い。

 現代アフリカを語ろうにも、資源採掘と民族紛争しかネタが無い。軍事情勢しか語りようが無いのである。内戦とか飢餓とかエイズならいくらでもネタが出てくる。1960年代の独立ラッシュから各地で紛争が起こっていたようだ。独立しようにも王政派や共和派、さらに民族対立があったりややこしい。植民地時代の区分けのままなので、国境線も経緯線だったり(今でもだが)実情を無視した独立政権が多かった。そもそも宗主国の軍事力で維持されてきた仮初めの平和が、あっさり破られる形で分裂したり消滅したり、いろいろのようだ。ナイジェリアから独立してすぐ併合されたビアフラなんかが典型的か。

 そうかと思うと、まぁアフリカも広いもので、スワジランドのように絶対王政死守、みたいなシーラカンスのような国家も残っていたりする。南アに囲まれた内陸国で大きな紛争も無く平和である。パウエル国務長官だかに民主化をせっつかれたときも、憲法草案には絶対王政&野党禁止が明記されている。国民はエイズに苦しみ平均年齢は35歳。

 そのスワジランド国王ムスワティ3世は非常に愉快な人柄で
「10歳以上の女性のミニスカート禁止」2000年
を皮切りに
「若い女性のセックスを5年間禁止」
(違反すると牛1頭分の罰金)2001年9月
などのミラクル法令を連発している。後者は3ヶ月後に国王自身が17歳の少女を8人目(9人目だったかも)の妻に迎えたが、ちゃんと牛1頭分の罰金を払ったらしい。さすが国王、空気が読めている。

 まぁこんなのは可愛いもので、ミラクル国王は2004年、50万ドル(約5200万円)のダイムラークライスラーの最高級モデル「マイバッハ62」を購入。その後、当時の10人の妻それぞれに、 BMWの新車を買い与えた。毎年妻が増えているような気がするが、年に1度、処女の女性数千人を集め裸でダンスパーティを行いその中から嫁を選ぶイベントがある。自身の誕生日パーティに1億8千万円かける、など等。ちなみにスワジランドへの主な支援国は日本だそうだ。

 エイズと貧困が悩みのタネのスワジランドだが、最近までドンパチやってたザイールとかよりはマシなようだ。こうなると何がどうマシなのかよくわからないが、98年頃から始まったザイール・アンゴラ・ザンビア・あとどこだっけ、ジンバブエとかナミビアとかウガンダも乱入したんだっけ、のアフリカ大戦よりはマシであろう。最近知ったがザイールではなくコンゴ民主共和国、DRコンゴ(Democratic Republic of Congoか?)と呼ぶらしい。俺も古いな…

 アフリカ大戦はただの内戦と言うより民族紛争・宗教紛争・資源争奪・大国同士の代理戦争などの多くの要素がないまぜになっていてわけがわからん。国連軍が平和維持するったってその国連(≒アメリカ)が公平ではないしな。基本的に内戦なので、ちょっかい出してる外国勢力が全部引いても解決しない。この辺は中東問題に近い感じだ。中東の石油がアフリカのダイヤモンドやタンタルや銅や錫に変わっただけで。

 死者が300万人とか500万人とかそれ以上とかもはや無茶苦茶である。更にエイズと飢餓、一人当たりの年間所得が100ドル台、という状況下でレアメタルの産出高が上昇を続けていたりする。国民総数より銃の数の方が多いんじゃないかと。もうこうなると頑張れとか言ってもプラシーボ効果くらいにしかなりそうにない。

 こんな状況下では政権といっても事実上の軍事政権になる。というか、力が無いとトップに立てない。国のトップに立ったからにはせっせと私腹を肥やして私兵を増やしたり、応援勢力に融通したりする。政権交代はクーデターが定石。悪い奴を倒す、もっと悪い奴。カオスヒーローか。これを軍事独裁と非難するのは単純だが、識字率も低い状況下では民主主義は無理である。

 教育は大事だが、当面食う飯も無い、金も無い、働き口も無ければ能力も無い。あるのはただ銃と敵。エイズが蔓延しているのに人口は減らない。資源くらいしか産業が無いので人が大量に死んでも文字通り『人が死んだだけ』で、国家のつくりが変わるわけではない。逆説的に、このスパイラルが維持される限り、アフリカは安価な希少資源供給源であるわけで…まぁ人間のやるこたぁ500年前から変わって無ぇなあ、ってことですな。

歴史の読み方 その3

 俺は歴史が好き、などと普段から広言しているが、よく考えてみると中学校以来まっとうに歴史教育を受けた覚えが無い。高校の社会科は地理だったし。あくまでも趣味の一環として、面白がって各地それぞれの時代の歴史に触れているだけである。受験なんかで日本史や世界史を取っておけばもう少し素養をつけられたであろうに、惜しいことだ。まぁ地理も勉強になったのでよしとするか。

 日本史の中で、ファン層がぶ厚いのは3つの時代に分かれるそうだ。有史以前の古代~邪馬台国の時代、戦国時代、幕末~明治維新の3つである。俺の場合は後者2つに該当するわけだが、といってそれ以外の時代に興味が無いわけではない。単に扱っている本などの資料や面白い小説が無いだけである。

 例えば古代史、邪馬台国の場所なんかについて熱く議論が続いたりもしていたようだが、俺にとってはどうでもよい。志賀島の金印だって眉唾物だと思うし、そもそもの言いだしっぺが魏志倭人伝だ。三国志の魏志、東夷伝、倭人の章…著者の陳寿は蜀の人だし北狄や西戎や南蛮も含めて漢民族以外に対する記述は微妙である。日本の記紀に残る(神武以来の)政権への連続性が無い点も興味を薄れさせる。

 神武以来、といえば学校では日本国の創世に関わる神話もあまりやらないようだ。歴史でなくても他のコマでもやれば良いと思うが。日本はそもそも他の多くの国と同じく多神教で、主神は太陽神ラー…ではなく天照大神だ。原始的な政祭一致の社会で、王は神そのもの或いはその代理として政治を行っていた。この辺は中国でもアメリカでもヨーロッパでもアフリカでも、文明発生期によく見られる累計的なものだ。

 この時期の話はしょせん神話だからどうでもよい、という事は無く、その後の仏教伝来とその土着、現代に続く民間信仰の分析などで極めて重要である。最近の女系天皇論争にしても、天皇家の成り立ちには極めて重要なこの辺の土台を抜きにした評論が目立つ気がする。靖国参拝をめぐる論争でも、東京裁判の経過と評価(そもそもA級戦犯の定義も怪しいが)を無視して話が進むあたり、戦後60年の月日は非常に長いといえる。

 この辺語りだすと紙数が足りんので流すことにするが、日本の神話が書かれたのが古事記と日本書紀だから、壬申の乱の後くらいのハナシだ。この頃に時の政権が諸外国(といっても中国くらいか)に対して主権を主張する必要が生じたのかもしれないし、小勢力との吸収合併の過程でそれぞれの神話を合併したら覚えきれなくなったのでとりあえずまとめたのかもしれない。いずれにせよ必要があって書かれたものだ。

 歴史は事実を累積したものである、というのは基本的な誤りで、どちらかというと落書き的なものである。英仏の歴史は互いの悪口で半分埋まっているし、中国の史書は前政権をこき下ろすのがデフォルトだ。神話は各地のネタを流用・アレンジして組み込んでできあがる。シャーマニズムによる政治から、多少なりとも文明的な政治に至る過程で、天皇家を正当化するためにこれらの神話を仕上げたと考えれば、その妙に卑猥なところも愛嬌に思えてくる。

 古代~中世史はどこの国も肩の力を抜いて楽しみませう。

ニュースサイトはニュースのソムリエ

http://www.akibablog.net/archives/2006/08/twotop_1.html 諸事情あって昔むかしのHDDのバックアップで焼いたCDなんぞを漁っていたら当時のブラウザのお気に入りフォルダが出てきた。ニュースサイトは昔からあるが、みなどのような所を読んでいるのだろうか。ニュースサイトの管理者というのはある意味ソムリエのような存在で、違いはWeb閲覧者が各ソムリエを選ぶことができるということか。

 その昔(ってほどでもないが)はtechside.net(まだあった)とか裏ニュース!(これもまだある)とかムーノーローカルとかその他もろもろ…今ではどれも読んでない。今はもっぱらVIP系まとめサイトを…いやいや…まぁとにかく、そのような感じで行ってみる。今夜はちと忙しいので。

http://game10.2ch.net/test/read.cgi/gamefight/1156856264/
もはや懐メロ。『あの人は今』状態。そういえば餅月あんこはどうなった?

http://d.hatena.ne.jp/LIT/20060827/1156676452
でじぱら。悪くないネ。

http://xps.jp/060turboX/060turboX.html
マジヤバイ。買うしか。風の谷の買うしか。いつの日かAppleが潰れてもコアなファンがいる限り安心ですョ。

http://www.sankei.co.jp/news/060826/kok032.htm
あと10年若ければッ…!若ければ、何でしょ。

http://www.theinquirer.net/default.aspx?article=33916
キャッシュの不整合か。

http://www.akibablog.net/archives/2006/08/twotop_1.html
基地外だな。

http://www.htc.nagoya-u.ac.jp/~akima/AMU
しまった…参加資格は十分にあったのに。

http://www.kitaguni-net.com/item/item.php?item_base_id=2655
【ワケアリ】毛ガニ【激安大放出】

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/16661/
ぷれぜんてっど by Sankei

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/28/20060828000051.html
やりだすと止まらんのでこっち方面のネタは自粛せざるを得ない

http://www.econline.jp/promotion/?003918BN007085=PID
廃人仕様×廃人仕様

 まぁそんなとこ。やっぱタブブラウザ入れようかな。

Movable Type導入記

 気合を入れてMT導入に向けて動いたわけだが、ダウンロード~起動まで、正味30分くらいしかかからなかった。その半分くらいはFTPしている時間ではないだろうか。

 その前段階として、独自ドメイン取得とサーバの確保について。amuseum.infoはValue Domainでドメインを取得している。サーバはxrea.comのものだ。これだとドメイン維持に990円/年、サーバの有料サービスに2400円/年で合計3390円/年となる。プライスについてはこの手の相場を知らないので黙っておくが、洒落で済む企画としては良かろう。ちなみにこれでサーバ仕様は容量1GB、WebサーバのApache以外にPerl PHP Ruby MySQL PgSQL Python SQLite SQLite3 が利用可能である。それぞれのコンポーネントのバージョンは公開されているので動作前にチェックすると良かろう。

 例えばamuseum.infoに割り当てられたサーバの場合、CPUにPentium 4 3.06GHz x 2を使い、メモリは1032MB、OSはLinux。MovableType関連だとPerlのバージョンは5.6.1でMySQLは3.23.58だがこれからアカウントを取るとMySQLのバージョンが4.x系統になると思う(Movable Typeの初期設定が微妙に違う)。

 ドメイン&サーバスペースを確保したのはかれこれ3年ほど前のことで、2年前に一度更新して以来手をつけていなかったが、まぁ暇つぶしにはもってこいである。ちなみにこのサーバは商用利用も可能とのことで、商売なんぞを考えている向きは検討してみてはいかがかな。

2006年09月02日

骨董PCを使い続ける言い訳

 現在手元にあるPCはPentium3-S、1.4GHz。マザーボードも含め、もう5年程前の骨董品である。おそらくこのblogを表示している大多数のPCはうちのより高速で、また高価であると思う。思えば初めてパーツを掻き集めてPCをでっち上げて以来、一瞬Athlon(SlotA)を使った以外はP6系のCPUばかり使っている。Pentium4出たての頃はNetBurst系はあまりにも遅かった。高クロック化によって真価を発揮しても発熱が大きく何より3Dゲームをやらないので必要ない。CPUが多少速くなるより、HDDやメモリ、そしてネット回線を高速化する方が遥かに威力が高い。既に速いところをより速くするより、現状のボトルネックを解消することが重要である。

 この7~8年で、PC環境の変化のなかで最も印象的なのはCPUでもグラフィックでもなく、ネットワークの高速化だ。といってもダイヤルアップやISDNの時代に大学では98年当時で100KB/s(1Mbps)以上は軽く出ていたので、自宅にブロードバンドを入れたのは大分後(2001年頃だったか)になってからとなる。自宅のネット環境はダイヤルアップ>ISDN(>フレッツISDN)>広域無線LAN>ADSL>光ファイバと変遷してきた。

 俺のPC暦としては有史以前となるが、実家に居る頃はこのようなつましいマシンで28.8kbpsの内蔵モデムでピーヒャララとNiftyServeに繋いでいた。その後Netscapeでインターネットにも繋がるようになり、その後プレイステーションで発売されるファイナルファンタジー7のオープニングムービーをQuickTimeで鑑賞した。確か160*120くらいの小さい動画だったが、そこには確かに『来るべき未来』があったと思う。当時の漢字Talk7.5(System7.5の英語版)は不安定だったが、後年さわったOS8系統よりは幾分マシか?関係無いがこの頃のMacintoshのデザインはシンプルで一貫した哲学を感じる。うちにあったStyleWriterIIや、一連のLCシリーズ、ハイエンド機のQuadroなんかにはある種オーラが漂っていた。当時のappleはNEXTSTepやBeOS等、次世代のOSに非常に意欲的だった。御用雑誌にはCopland、Rhapsodyなど次々と美辞麗句が並んだが、それも今となっては夢の跡。延期を続けたAppleが真にプリエンプティブなマルチタスクOSを完成するのは今世紀に入ってからとなる。

 脱線した。その後MMX Pentium133MHzのノート機を経てCeleron300Aの自作機へ移行するが、それ以降現在に至るまでCPUの速度に不満を感じることはあまりない。Celeronが500MHz以上で動いていたというのもあるが、Webブラウズとワープロ・表計算ではそれ以上のパワーは不要である。ただ、OSの進化に関連してメモリは増やす必要がある。現行機では512MBだが、これは単にi815EPチップセットの限界だ。ベースクロックを133>164MHzにオーバークロックするとCPU速度は1.72GHz、メモリのアクセスタイミングを微調整することでこれくらいには速くなる。PCIバスも33>40MHzとなり周辺部も速く、HDDが新しければ体感では最近のPentiumMノート機と大差ない。ここ5~6年はそれ以前と比べて進化が遅かったということか。

 骨董機というのはなかなか使い勝手の良いもので、OSを入れ替えてもほぼ全てのデバイスがWindowsXP以前のものなので、大抵のデバイスドライバは既に入っている。最新鋭のギガビットイーサといえども緊急時の再インストールで使えなければ意味が無い。DVDの再生も書き込みも問題ない。ちなみにDVDの再生自体はCPUが1GHz未満でも十分可能で、過去にはCeleron466MHzのDVD機があった。Web上に転がっているレポートを読む限りだと、K6-2にPCIバスのグラフィック、ISAバス(死語か)のサウンドカードでも再生可能なようだ。

 さて、現代パソコンの一里塚とも言えるDVD再生ができるとPC高速化に資金を投ずる理由が無い。あえていうとハイビジョン画質の動画再生に難があるが、そんな画質の動画はフレッツスクウェアくらいでしか見たことが無い。とすると故障しない限り使えるということか。HDDは消耗品なので1年ごとに買い換えても大した投資ではないし、現状ではメモリ不足くらいか。チップセットをVIAに変えると安いDDRメモリも使えるが風水的には大凶である。やはり現状でしばらく凌ぎ、Core2Duoの廉価版にでも乗り換えるのが吉か。intelが10年持つと豪語したSlot1はSocket7より早く3年程で寿命となり、満を持して登場したNetBurstアーキテクチャもその限界を露呈し、2003年頃からノート機ではP6の発展系に先祖帰りした。新技術といえどもメーカーの大本営発表や御用雑誌は鵜呑みにせず、無垢澄明な視点で捉えるのが肝要か。

 え、Core2Soloって無いんですか?

2006年09月04日

オカルト多事暴論

 そもそもオカルトとか『秘されたモノ』の意で云々、(中略)、古代より人間の本能に訴える畏れの念が云々、(中略)やっぱりヤメ。いつもながら毒にも薬にもならん。といってもまっとうに書くと暴論だしな。占いとか心霊現象とか、バカじゃねぇのか、小学生じゃあるまいし、みたいな。いやいや、卜占の類の様式なんかは各地の土俗宗教・民間伝承を語るのには欠かせない。霊魂の存在・在り方なんかも同様。占星術にしたって天文学の発祥と結びつけて語れないことも無さそうだし。なんだか京極夏彦の小説みたいな言い訳だな。そんなことが言いたいんじゃないんだが。

 なんかもうグダグダだから方針転換することにする。先日の稚内行きで示したように、クルマの燃費なんて走行条件でかなり変化する。一般的に新しい車=燃費が良い という方程式がなりたっているようだが、ガソリン1Lから取れるカロリーが変わるわけでも無し、実際には古くても大差ない。衝突安全云々で重くなった分を、ギリギリのエンジンチューンとワイドなギア比で相殺しているだけである。

 ガソリンが高騰しているせいもあるのか、ホームセンターやカー用品店では燃費向上グッズが乱舞している。どれもこれも俺から見ればカスなのだが、売れているのだろう。中には効果が無いばかりか逆効果になりそうなシロモノさえ見受けられる。中でも老舗といえば『アーシング』ではないだろうか。ご存知のムキには蛇足になるが、クルマは普通バッテリのマイナスからボディアースされていて、その配線を新たに増やすことだ。

 バッテリー(実際には交流発電機)⇒負荷⇒接地 の回路で考えると、負荷で消費される電力はW=IE。もちろんV=IRなので、負荷以外の配線抵抗が減ると、負荷で消費される電力は増える。発電負荷が増えるってことなのだ。こんなのはわざわざ書くのもアホらしい…以前にめんどいくらいなのだが、こんなオームの法則の初歩の初歩もわからん人が多いのだろうか。電池と豆電球で考えても答えは出るのだが。

 アーシングでセルの回りが良くなったり、ライトが明るくなったり、オーディオのノイズが減少するってんならまだわからんでもない。んが、燃費が良くなる、加速が良くなる、なんてのは間違いというか大嘘だ。そうかと思うと、最近ではヒューズが熱いんだそうである。ヒューズというのは…電気系統のショート等の理由で大電流が流れそうになったとき、重要パーツが壊れるのを防ぐための…面倒なのでhttp://www.tydkk.com/ritz-sf/lineup.htm#この辺でも。こんなの良く思いつくなぁ、と思うがメーカーも売れるから作るんでしょうな。消費者は完全に舐められている。

 資本主義の世界だし、売れれば基本的に何を作っても構わないけれど、こういう疑似科学はいただけない。マルチ商法やねずみ講と同じく、世のため人のためにならない。疑似科学、というのは…相変わらずロクでもない例しか思いつかないけれど、『相対性理論は間違っていた』とかその辺である。詳細は『と学会白書』あたりを参照して欲しい。敷衍して、疑似科学のはびこる世の中はどこかおかしいと感じる。皆が皆、冷静で無いというか、自分の脳で考えることを放棄しているのではないか。一応、義務教育なるものが存在する筈だが。

 何となく車ネタを例に出したが、この手の疑似科学はいろんな所にある。どれにも共通して言えることだが、『なんだか良くわかんないけど、すごいらしい』『良くは知らないけれど、正しいらしい』というようなブラックボックス構造だ。『よくわからない』⇒『秘された』⇒オカルティズム、というミエミエの流れで冒頭のネタに立ち返るのはちとあざといかな。

 結論以前に流れが気に食わないので蛇足オチにするか。霊魂がどうのとか占いがどうのとか真顔で言う人が多いのは、日本で宗教についてまっとうに学べる場が無いからでしょうなぁ。たとえば三大宗教についてサワリだけでも学べば、そういう冒涜的な発想は無くなるだろうし。…と思ったけど近所の寺に行っても神仏習合でお稲荷さんとか平気であるか。仏教神道民間伝承ごった煮の七福神とかわけわからんものまであるし。日本人はなんだかんだ偉そうな事言っても現世利益が好きなんでしょう。親鸞も日蓮も法然も栄西も道元も(中略)みなさん個としてはすぐれて哲学的な人間でも、その教えで民族性まで変えるってわけには行かなかったんですかね。

 蛇足の蛇足。科学教育をいくらやっても疑似科学や怪しげな宗教団体が無くならないのは証明済みですな。

2006年09月05日

最適オイル粘度のナゾ

 俺の普段使いのオイルは純正指定と同じく10W-30だ。軽自動車にこだわっても仕方ないし、壊れなければ何でもよかろう。オイル交換は品質よりも頻度が重要である。もちろん、高品質なものをちょくちょく交換するのがベストだろうが、地球と女性にやさしい当研究所としてはエコの観点からもオススメできない。

 ともかく、オイルや添加剤教には関わらないようにしてきたのだが、ちょっとした拍子に良いオイルを入れてもらった。フル化学合成で12.5W-40というシロモノで、プライス等から想像するにこのあたりではないかと思われる。オイル銘柄を変えたところで気休め程度の効果も無かろう、と思っていたら意外な所で効果を確認できてしまった。ブローバイの量が減ったのだ。直接それとわかるわけではないが、トゥデイのエアクリーナの下部はオイルで汚れる。その汚れの量が目に見えて少なくなった。

 銘柄云々は置いておいて、高温時の剪断抵抗が安定して高いオイルが、結果的に経年劣化・磨耗でクリアランスの広がったエンジンにマッチしたということか。確かに旧車では機械抵抗を無視し、20W-60なんてオイルを使う。ブローバイの量に影響するほど油膜保持性能が変わるとすると、エンジンの実効圧縮比すら変わってくるかも知れない。

 固いオイルで圧縮比が上がるとすると、当然の事ながら膨張比も上がる⇒比出力が向上する。つまり全開走行時の出力が上がり、巡航時はアクセル開度が小さくて済む。なんだか巡航時はポンピング損失が増えそうな感じだが、結果として吸入空気量が少なければガソリン消費も少なくなる。適度に固いオイルは燃費を向上させるのだ。

 最近の小排気量車は0W-20なんて柔らかいオイルが純正指定だが、これは工作精度の向上によってピストン・シリンダほかエンジン内部のクリアランスが以前より詰められているからだ。油膜も圧縮比も十分保持できる設計になって初めて、剪断抵抗の低減を考えられる。よって旧車に柔らかいオイルを入れても良いことは無いし、燃費だってヘタすりゃ悪化するかも知れない。

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 さて、交換の時期になって何となく入手したオイルは10W-50、フルシンセティックのレーシンググレードである。量販店ではあまり聞かないメイクだが試す価値はあるだろう。3缶写っているが自分で使い切るつもりなので、希望のムキはこちらなどで入手して欲しい。ちなみに20L缶だとY!オークションで16000円送料別くらい。交換作業だが、普通にジャッキアップして潜って下抜きで交換した。トゥデイだとドレンがオイルパンの底からさらに下に付いているので上抜きは難しそうだ。ドレンは17mmでメガネレンチで外すが、付近を通る触媒~マフラーに注意しないと火傷する。俺は豚革の手袋を愛用しているが、この手の作業に軍手を使うのは素人である。エンジンとオイルパンの形状からジャッキアップしたままだと抜けきらないので、ジャッキを徐々に降ろして更に抜く。事前にタイヤを外しておくとギリギリまで前傾させられる。
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 抜けたオイルを処理箱に移し、ドレンボルトをパーツクリーナで洗浄、前回交換時ワッシャを忘れていることを発見し、苦笑する。今度はワッシャを付けて取り付ける。ふざけたドレン位置の設計の関係で付近のマフラー(フロントパイプ)あたりがオイルまみれになるので、パーツクリーナで丁寧に洗浄する。もしくは後で走行して過熱して白煙とする。ここで予期せぬエラー発現。オイルエレメントの予備が2個もあるのに専用レンチを紛失したようだ。仕方が無いので素手で外そうとするが、さすがに無理である。付近にエキマニがあるので腕が火傷しそうだし、奥まっていて力が入らない。エレメントは前回も交換したので今回は見送りとする。

 気を取り直して新油を計量ボトルに入れ、エンジンヘッドカバーのフィラーキャップから注ぎ込む。目分量で2.8Lほど入れたら、レベルゲージで確認する。多すぎた。ゲージの上の印から更に5ミリほど多い。まぁ実用上問題無かろう。気が向いたらエレメントだけ交換する予定なので、その分と考えればちょうど宜しい。軽くその辺を走って問題ないことを確認、で終了。

 以前ヘッドカバーパッキンを交換し、直ったかに見えたオイル漏れ、実はタイベルカバー付近?からも漏れていたことが判明。漏れというか滲みレベルなので放置する予定だが、直すとするとエラいめんどくさい部分だ。ついでにタペット調整なんかもできるな。雪が降る前にやるか、このまま冬を越すか、微妙な選択肢である。

2006年09月06日

all or ナッシンぐ

 タイトルからして何という変換だ。imeは馬鹿か。やる気が萎えると同時に、今から書こうと思っていた内容が例によって結論無しの尻切れ蜻蛉であることが判明した。尻切れで破綻するのはいつもの事だが、書く前に気が付くのは珍しい。怪我の功名というか、脱力が良い結果を生んだということだろう。

 これで終わってはあんまりなので何かどうでもいいことを書き殴ることにする。今気づいたがオールオアナッシングというのは俺自身の性分でもある。何事も、やるからには他のことを捨てて全精力を投入したいし、それができないなら何もしたくない。昔っからそういう傾向があったが、近年はより酷くなってきたような気がする。

 車の洗車にしてもそうだ。2年ほど前に諸事情あってトゥデイに乗ることになり、いつでも壊せる実験車とはいえ洗車くらいは…と思って洗車場に行った。春だったと思う。シャンプーをかけ、部分的にトラップ粘土で汚れを取り、ボンネットをコンパウンドでシコシコ磨く。日が暮れてきたが気にせず磨く。『細目』の次は『超細目』だ。フェンダーもシコシコ磨く。暗くなってきた。気温はヒトケタ、手はかじかみ、耳が痛い。生命の危険を感じたところで大急ぎでワックスをかけ、拭き取って撤収する。

 しかし当初から傷や凹みの多いボンネットは、期待していた艶とはほど遠いレベルにしか仕上がらなかった。翌日、盛大に砂を含んだ雨が降り、青空駐車の車は泥だらけになった。わかってはいたが、雪解け頃の札幌なんてこんなもんだ。以来、まっとうに洗車をした記憶が無い。更に、冬に鉄スコップで雪を下ろしまくったのであちこち傷だらけだ。もうスタンド洗車機でよろしい。

 最近は魚をバラすのが楽しいとか平和な事を言っているが、昔はカレーをよく作ったもんだ。大量の玉葱を全てみじん切りにし、肉に下味を付け、ジャガイモ・にんじんの皮を延々と剥き、それぞれをボウルに入れる。入りきらないのでバケツにも入れる。大きい鍋に玉葱と油を投入し、炒め続ける。炒めることそのものが人生の目的に思えてきた頃、ようやく別鍋で(中略)成する。その量は一人暮らしにはかなり多めで、自宅に引きこもって毎日3食カレーを食い続けても1週間くらい持った。爾来、俺にとってカレーとは廃人仕様食品として確固たる地位を得ることになる。

 そういえばしばらくカレーを作って無いな、と思っても思い出されるのはその圧倒的な量と完成までの手間である。しかも一度作ったらしばらくは食い続けなければならない。後半は醤油やソースやヨーグルトやリンゴとハチミツ、インスタントコーヒーなど色んなものを投入するので、それはそれで楽しいけれど。当時は激安特売日にチャリで玉葱5kg、肉2kgなど買ってきて一気に調理したが、今は多少は経済的余裕もあるのでそんな苦行はしたくない。というか昔みたいに引きこもり廃人生活は無理だ。やれるもんならやりたいが。カレーはちょっと作っても不味いのは目に見えている。よって家では作らないことにする。

 一事が万事、って程でも無いけど行き過ぎると病気かも。部屋の掃除についても書いたんだけど、あまりにあまりな内容なのでやっぱヤメ。いくら消化試合とはいえもう27歳だしな。

2006年09月09日

予備ノートPCのススメ

 形あるものいつか壊れる。PCも例外ではなく、使い続けているうちにいつしかハードディスクは擦り切れ、コンデンサは電解液を漏出し、全てが朽ちていくことになる。

 当然そうなる前にデータの移行、機種の更新といった作業が行われることになるが、ここ五年程はPCの速度・快適性の面での向上が(それ以前の数年に比して)乏しい。趣味のものであれば小遣いで更新できるが、経費となるとそうも行かない。速度面では十分ながら、古いPCを騙し騙し使っている方も多いのではないだろうか。

 さてPCが壊れると一大事である。壊れ方にも様々あるが、自宅で1台で使っていたPCのHDDがクラッシュしたりすると大惨事である。データの救出は絶望的、リカバリしようにもHDDリカバリ領域は起動せず、リカバリ用CDも見当たらない、ついでに保証書も見当たらない、という状態。こうなるとやる事は無いので不貞寝するしか無い。暇を見つけて販売店に持ち込んで修理、それも上がりまで数週間かかるのはザラで、その間メールもネット閲覧もできないのは不便だ。代替機にサブノートでも検討しようとPC屋を覗くと、それなりの出費となり悩む…

 こんなとき、予備ノートPCがあるととても便利だ。とりあえず緊急避難用として、メインPCが壊れてすぐに予備が出せるようにしておくと宜しい。別にノートである必要も無いのだが、場所をとらない、モニタやマウス等周辺機器が不要でシステムとして完結しているのが宜しい。さて、ノートPCといっても色々あるが、予備ノートとして使いやすいのはどの辺であろうか。面倒なので結論から書いてしまうと、2000年~2001年頃のWindows2000モデル、法人向けノートが手頃かと思われる。以下に理由を述べる。

・手間が無い
 インストールはWindows2000のCDのみで全てのドライバが読み込まれる。この手のノートPCはインテル製のチップセット周り、LANをはじめとしてTI製PCカード等、だいたいのデバイスが『出たときに既に古い』。鬼門のグラフィックも3Dのパフォーマンスは諦めた仕様で、TridentやNeoMagicなんかのチップが多く、ドライバでは困らない。個人向けWindowsMeノートはオマケ満載でドライバで困る上、肝心のLANが無かったりしてイザというときに手詰まりになりやすい。緊急用という性格から、HDDリカバリは初手から諦めるべきである。

・安い
 これより新しく、CPUがGHzオーダーのクラスのWinXPモデルだと少し高い。グラフィックをはじめ新しめのデバイスが多いためドライバ周りで余計な手間を取られる。高速なCPUの利点も重たいWinXPで相殺である。

・必要最小限のスペック
 更に古いモデルに汎用のPCカードLANを組み合わせる手もあるが、CPUが更に遅く、メモリも64MBといった仕様では軽量なWindows2000でもちと厳しい。初代VAIOノートに純正外付けCD-ROMドライブ、といった組み合わせは心躍るものがあるが、HDDの寿命、値段等の諸要素を勘案すると浪漫を求めるムキにしかすすめられない。

予備ノートPCのススメ実践編

 さて手持ちのノートPCはDynaBook Satellite 2270
SA65C/2
である。メモリは入手時点で192MBに増設されている。CPUはCoppermine-128コアでFSBは100MHz、SSEが使える等、Pentiumiiiの系列。

 とりあえずBIOSをアップデートし、ついでにSpeedStepやACPIをDisableにする。Windows2000をインストールするときは最初にF5キーで『標準PC』のHALを選択する。非常時PCに環境性能など心の贅肉である。内部コネクタでPCI接続のNICは(どうもダイヤルアップモデムと交換可能らしい)intel 8255x系統の汎用ドライバで無事に認識する。グラフィックはTrident9525DVDで、これも問題なかった。MPEG2再生支援がありそうな型番だが当然CD-ROMモデルなので関係無い。結局モニタ以外は素のWindows2000で全て自動認識し、モニタも手動でToshiba 800*600 internal panel を組み込んでやることで正常に認識した。

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 冷却系統で多少の不安があったのでバラしてみると、はたしてCPUは粘性のある熱伝導シートで覆われていた。3mmくらいの熱伝導シートを介してアルミのヒートシンクに繋がり、そこに組み込まれた遠心ファンが送風するシカケだ。冷却構造自体は近年のVGAチップに近似している。熱伝導シートの材質はちょうどPlayStation2のCPUに付いていたものに近いようだ。画像の左下に落ちているのが剥がした熱伝導シート。
IMG_0811a.jpg

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 熱伝導シートの性能には疑問があるので、超高性能シリコングリスを…持っていなかったので、落ちていたハンドクリームを塗布して組み立てた。起動時のメモリ使用量は70MB弱。骨董PCといえども十分なメモリを積み、風水変造を施せばWindows2000も矢のように速く動作する。ServicePack4を適用し、次にWindowsUpdateしようとするが初回のみ非常に重たい。更新リストさえ出てくればネットワークは速いので、サクサクと進む。ただノート用HDDが致命的に遅いので、ダウンロードよりもむしろ時間がかかる。暇な空き時間でJavaFlash、ffdshowなどを導入する。最後にデフラグを2度ほどかけて終了。

IMG_0815a.jpg
 仕上がったマシンはWeb閲覧用としては文句の無い性能で、gyaoの視聴も問題ない。Windows2000のサポートが打ち切られるまではサブマシンとして磐石の地位を築くであろう。通信速度はこちらでの測定によると下り65Mbps、上り25Mbpsとのことで、CPU速度がボトルネックになることはなさそうだ。

2006年09月13日

後知恵戦記・旧軍批判の愚

 『硫黄島に死す』著者:城山三郎
休日の暇つぶしに読書でも、と思って引っ越し以来未開封の段ボール開けたら一番上がこいつ。その次が司馬遼の『殉死』。タイトルだけで一日の元気を使い果たしたので読まずに箱に戻す。

 硫黄島上陸作戦は昭和20年初頭の頃。この時期になると戦況はかなり厳しい。枢軸側では大勝どころか引き分けも難しく、開始直後に零戦52
もとい。読むところを間違えました。

 この時期は太平洋方面も戦争の趨勢は見えてきた状態で、あとは時間の問題。一時期はハワイ・オーストラリア・インドを望んだ大日本帝国も、特攻とか玉砕とかそんな感じで無条件降伏への道をローラースケートで駆け抜けていくことになる。第二次大戦モノの小説・評論なんかはそれこそ腐るほどあるんで全容を把握するのは不可能だと思われる。浅学ながらいままで眺めたものを考えると、それぞれ戦術戦略への反省点が異なっていて面白い。

 例えば、航空機や船舶の開発方針に対してアレコレ言うのは完全に後知恵という奴で、俄かには首肯しかねる意見が多い(大和級戦艦の開発、4発の戦略爆撃機や大型エンジン搭載の局地戦闘機の不備、誉エンジンの不調問題など)。まぁダイムラーの水冷エンジンのライセンス料を陸海軍で別々に支払った件なんかは何を言われても言い返せない気がするが。良く目にするのは零戦後継機の開発失敗だが、これは大馬力エンジンの開発能力が無い時点で不可能である。そもそも栄エンジンもコピー、改良品だし。

 ゼロ戦神話はもはや定説というかなんというか、宗教的なものを感じる。そもそも生き残りパイロット自身が格闘戦を否定し、高空からのダイブで強襲するのが安全かつ効果的、と多方面で証言しているのだが…。最初期における中国方面での戦闘を除き、米海軍機との戦闘はそのほとんどが単純に『数が多い方が』勝っている。戦記でザコ扱いされるF4F相手ですらそうだ。

 作戦上の突っ込みなんかも後知恵ばかり。ミッドウェーの兵装交換、レイテでの反転なんかはいずれもしかるべき理由があってやったことで、裏目に出たからといって批判したり、その点だけひっくり返してIFネタにしても無意味というか…思考実験としては面白いし、話も良ければ読むんだけど(佐藤大輔とかまだ書いてるのかと)、解説文が明後日の方を向いていたりして気が萎える。

 あさっての方向といえばマスコミ報道・ドラマなんかもそうか。『軍部がアホだったので、多くの若者が特攻させられました。』硬派ニュース番組もワイドショーのレベルに堕す。これじゃ『ベンチがアホやから、選手は野球がでけへん』という某名言と変わらん。昭和20年3月あたりの状況、60年前の国際社会をもうちょっと考え(中略)語り出すと日が昇るのでこの辺にしておく。もう一度書くが、実際に竹やりで抗戦出来るかどうかは問題では無いのだ。

 そんなわけで、サイパン~硫黄島~沖縄戦あたりの戦いと特攻は無理無茶無駄ではなく、絶望的な状況下で国体護持の為に取れるほとんど唯一の策だ。『降伏しても大丈夫かもしれない』なんて希望的観測で決断を下す政治家は居ない。特攻に関して人道的に云々するのと、それを現実に作戦として立案実行するのは全く次元の異なる話。あくまでも味方を有効に殺す為の選択肢のひとつとして選ばれたに過ぎない。結果は、米軍の本土上陸作戦のタイムテーブルを大きく狂わせ、日本は今日も独立を維持している。あ~硫黄島に五式中戦車が大量投入されていればさらに大きく…沖縄上陸作戦の代わりに東京原爆投下が行われたかな。その後はもちろん米英仏独 vs ソ連の大激戦だ。西側陣営は手持ち戦闘機部隊をジェット化して臨もう。'46年初春、雪煙を衝いて現れたのは、トルーマンの援助によって再生産されたティーガーII部隊!それを迎え撃つはスターリンの大号令の下、大増産されたJS-3とT-34/75の大部隊!最強MBTの座を決めるべく、約束の地プロホロフカで、第五次ハリコフ攻防戦の幕が上がる…

 すいません、また読むところを間違えました。しっかし、インパール作戦は弁護しようもないな。

2006年09月14日

コゾー、憧れの2輪

 最初に言っておくが、俺はあくまでも4輪乗りで2輪に関しては免許も無ければ知識も無い。しかし初めは誰だって無免のコゾーだったわけだ。齢27にしてコゾーを名乗るのはどうかと思うし、『いいトシこいて』というかこき過ぎだろう。まっとうなライダーの方は本エントリを真剣に読まぬほうが良かろうと思う。

 昔、うちの実家にはショボい50ccのスクーターがあり、主におかんが乗っていた。あれは俺がまだ小学校の頃、一人トボトボと学校から帰宅していると偶然おかんに遭遇した。それで30mくらい前に乗せてもらって走ったが、あまりチャリと変わらないし安定しているように思えた。正直言って『こんなもんか』程度であり、その後数回親の留守に鍵を(中略)だけで、興味を失った。

 その後高校の頃、一緒によく遊んだ悪友がNS-1に乗っていた。エンジンは50cc(2スト)ながらも素人からみてちゃんとバイクの形をしており、至って真面目な高校生だった俺の目にはとても本格的に見えた。相鉄線和田町駅から横浜国大付近までノー(中略)どうだろうか。やはりNS-1は後部のガソリンタンク付近が破損してる個体が多いのかな。

 その後いろいろあって、札幌から半年ほど川崎に舞い戻っていた時期、この悪友と再会しちょくちょく走ることになる。あれから6年ほどの月日が経ったにも関わらず、彼は未だにNS-1に乗っていた。2輪の免許を取らないのかとか以前に、こいつに乗っていて4輪の免許を維持するほうが大変だと思うが。おそらくガソリン代以上に反則金を払っていたのではないかと推察する。この時期はおかんが持ってきたスクーターのDioを駆り、稲田堤から甲州街道経由で新宿まで通勤した。冬は寒くて閉口したが、例のグリップカバーがあれば常にバイクで行っていたかもしれない。

 その友人が何を血迷ったかCD50をヤフオクで入手し、彼のNS-1、俺が乗る激調整不良のCD50の2台で深夜、池袋、お台場、横浜を回ったのも良い思い出だ。2輪の免許が無いのに原チャリだけでスクーター、ロードスポーツ、ビジネスバイクと別々のミッションを動かしたのは貴重な経験になったと思う。まあちゃんとした社会人なら中免取ってNS-1を51cc登録すべきなんじゃないかと思うが違うか。違うな。

 札幌に戻ってきてからは気の迷いで買ったトゥデイ(4輪のほう)をゲタ代わりに乗っているが、正直ここまでいじるとは思わなかったしそれ以前に壊れると思っていた。今でも整備するときはぶっ壊す気マンマンで、いったい直そうとしてるのか壊そうとしてるのかワカラン無鉄砲っぷりだが、幸いにして素人にはそこまでの整備スキルが無いため大事には至らない。それにしても北海道で困るのは冬の厳しさである。屋外駐車場では整備どころではない。4月からは屋根つき車庫になったが、それでも氷点下でのオイル交換など考えただけで気が滅入る。

 そこへいくと2輪は楽である。シーズンオフには何をどうやっても走れなくなるので、妙な未練を抱く必要も無い。ついでに冬タイヤ代も要らない(余談だが、郵便は真冬でもカブで走っている)。4ヶ月は引きこもるので、車庫保管のついでにエンジン下ろして部屋に持ち込んでイタズラもし放題。1/1スケールで実用可能なプラモと考えるととても魅力的だ。住んでいるとあまり実感が湧かないのだが、北海道はどうやらバイク乗りにとっての聖地らしい。車でもアホみたいな長距離を走るのが大好きな俺にとってはうってつけ。

 ところで今売ってるバイクってどんなのがあるのだろう。そう思ってホンダスズキヤマハカワサキのWebを順繰りに見た俺は顎を落とした。俺の大好きなフルカウルのレーサーレプリカがほとんど無いではないか。バイクではアホみたいなスピードは(怖いし)出さないから、せめてアホみたいなスピードが出せそうな形をしていて欲しいのに…。何ということだ。もう夢も希望も無い。世も広末だな。

 そうなると中古か…と思ってアレコレ見てみると、平気で80年代~90年代前半のバイクが流通している。車だとかなりタマ数が減る年式でも2輪なら平気だ。バイクは雨ざらしで朽ち果てていくイメージがあったが、そうでもないようだ。よくよく考えると走行距離は車より短いし、雨ざらしでは泥だらけで乗れないので車よりも屋根つき保管率ははるかに高い。しかも北海道では年の三分の一はシーズンオフだ。耐久性の低い高回転型エンジンも、整備しやすさとコストの安さでだましだまし延命されているのだろう。ついでに整備も(練習)させてくれるとは、これは都合が宜しい。程度問わずのゴミを拾ってきて弄るのが良かろう。免許取得への意欲がそこはかとなく高まるのを感じた。

 結局、いつもいつも修羅道を選んでるような気がしなくも無いのだが…

2006年09月15日

なぜ戦争は起こるか

 に、ついてあれこれ書いてみたがとりあえずヤメ。どうも話題が拡散しすぎる。いつものように適当に書き散らして着地ポイントを探ろうにもわけがわからん。ので、随想風に。

 戦争、ここでは国家間の戦争について考えるが、そういう現象がなぜ起こるか。俺にとっては考えること自体が難しい。なぜなら、現代に見聞する多くの戦争は『相手が問答無用で攻めてくる』ところから始まるからだ。古代~近代(といっても60年前くらい)については戦争そのものは別段犯罪でも何でもないし、王でも大統領でも外交の延長線上にある選択肢のひとつだ。攻めるにせよ守るにせよ、起こってしまったからには相手を全力でブチのめし、政略目的を達するために奮闘するしかない。

 戦争絶対反対を唱える人、我らが日本だと憲法九条を金科玉条として崇め奉る向きは多い。そういうファンタジーに身をゆだねるのは勝手だが、現代も世界中さまざまな場所で戦争は起こっている。戦